創業120年の記。
五百井の地名は法隆寺建立以前からあり、水量水質共に生活に供する価値があったので地名となりました。大方家は、1500年代中期に筒井順昭順慶親子にお仕えして奈良の五百井の庄に定住し、変わることなく現在に至ります。
江戸時代末期の大塩平八郎の乱では、大塩の親戚筋をかくまった罪が公となり庄屋召し上げとなり、収入を求めて大方家はいくつか事業を起こしました。その間に近代文明の明治時代となり、家長の楢三郎は殖産振興として人や地域に役立つ事業は何かと考えました。
当時から醤油は月日のかかる醸造により投資効率は悪く高価な物でしたが、和食を支える国民の調味料であると確信して醤油業に挑戦しました。
醤油の原料である大豆は秋、小麦は春に収穫しますので、農家に依頼をすれば米と共に四季を通じて仕事となって役立ち、醤油の麹や諸味は水や塩を含むので大変重く重労働ですが自立を求める若者の働き場所として役立つと考えました。
続いて、古からの地元生息の醤油の麹菌と酵母菌の着床培養と試験醸造に成功したことにより、明治33年(西暦1900年)6月1日醤油醸造業大方醤油醸造元(現ニシキ醤油株式会社)を起業いたしました。
この120年間を振り返りますと社会価値の変革に晒されながらも需要に答えることで、現在まで持続させることが出来ました。未曾有の新ウィルス禍中の創業記念を迎え、どんな状況であってもご愛顧の皆様に醤油をお届けする使命は変わらないことを認識致しました。
創業200年の未来も皆様に愛される醤油をお届け続けたいと願っています。そのために10年後の130周年に向けて、より皆様に寄り添ったお届け方法を考えたいと思います。努力の至らぬ点はご指摘賜り成長させて頂きたいと思いますので、変わらずお引き立て賜ります様に切にお願い申し上げます。
令和2年6月1日
ニシキ醤油株式会社
4代目代表取締役 大方 豊